夏虫


「俺と付き合って」



ああ爆弾落としたよ、このひと。何となく予測ついて、そのうえその予測が当たるなんて。


確かにちょっとときめいた。 うん、だって朝比奈は美形だし、彼女いないとか言われて一緒にサボろなんて言われたら、そりゃあドキドキしなきゃ嘘だって。


あたしは言い訳を考えるものの、何一つ口から言葉にならない。必死に理性がこの状況を合理的に説明できる理由をひねり出そうとしている。


それでも心臓は正直者だった。急に鼓動が早くなってる。


「嫌なの?」
朝比奈は黙っているあたしの顔をじっと見つめてきた。

あたしは大きく深呼吸した。気を落ち着かせるため、そして何よりも穏便にことを収めてしまいたかった。


「じゃなくってあたしは、朝比奈くんのこと好きだけど、それが恋かなんてわかんないじゃん。だって離したの初めてじゃん。」


手に汗がにじむ。こんなに緊張したのはいつ以来だろう。口の中がひどく乾く。

「付き合うのはやめとかない?」
あたしは、言い終わった後にうつむいた。

あたしは、目に見えて狼狽していた。朝比奈の顔が見れない。目を合わせたら、流されそうな気がした。

総てを都合よく解釈したい。本当はずっと前から好かれてた、とか。そんなマンガみたいなことないって、勘違いすんなっていさめようとする。


 時計の針の音がこんなにも大きく聞こえる気詰まりな沈黙を朝比奈は一言で片付けた。

いとも簡単に、すっきりとした表情を保ったまま、言い放つ。


「いやだ」
はっきりとして決して譲らない声色。冗談で言ったわけでないんだ。

そう思うと余計に単純な考えと期待とで、心拍数が上がる。朝比奈はあたしの方に向いてあたしの顎を持ち上げた。

あたしの頭はいざ、朝比奈と目線を合わせた途端に戦いを放棄した。



 熔けそうな気がした。さっきまでの空気はどこに消えたのだろう。緊迫したようにも感じるこの雰囲気。

朝比奈はつめたい炎だ。あたしの決意を溶かして、合意したい気持ちに変えてしまう。



爛々と煌めき燃える視線にあたしは、程なく屈した。朝比奈は自分の勝利を確信したらしく、

あたしのうなじに腕をひっかけて引き寄せた。あたしは、朝比奈の肩に顔を半分押しつけられた。
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