夏虫
あたしは短く『分かった。わざわざメールにしてくれてありがとう』と送り返した。


ちらっと隣を見ると、一瞬だけ朝比奈は笑顔を返してくれた。些細なことだが、あたしは嬉しさを覚えた。

あたしは悠希に今日はひとりで帰るとメールして、鞄を持って教室を出た。

新しいクラスメートばかりだった。朝比奈は何か用事を済ませないといけないから、すこし遅れるとメールしてきばかりだった。

朝比奈は何か用事を済ませないといけないから、すこし遅れるとメールしてきたから、ひとりだ。


「蒼井さん、バイバイ」
前の席になった男子生徒に言われた。人なつっこそうなひとだ。

確か里中くんだ。手を振りかえし、曖昧な笑みを返した。

新しいクラスメートの名前を覚えるのは少々かかりそう。朝比奈は最初から有名だけど。



今日も朝比奈は注目の的だった。6限は退屈で有名な国語の畑中の授業。

みんな授業中に騒いだりはしない。ただ、居眠りしたり、別の問題集をやっていたり、放課後の追試の勉強したり、板書を写したりするだけ。さすがにそれなりの進学校だし、もう高校生なので授業妨害はしない。


だから、退屈を持て余した女子生徒が朝比奈を見つめるのも致し方ない。多奈川さんや池谷さんはずっと斜め横の朝比奈をちらちら見ていた。


今日に限って、あたしは授業中にシャー芯を何回も折ってしまった。疲れてるのかもしれなかった。

0.4のシャー芯はもともと、出しすぎたり、力を込めすぎたりするとすぐ折れるから。

朝比奈はずっとあたしの方に顔を向けて寝ていた。席替えする前も、朝比奈は私の隣。

たまにクラスを見渡すフリをして、朝比奈の寝顔を見た。そのたびに多奈川さんや池谷さんと目が合った。

羨むような少しばかり嫉妬混じりの視線だと感じた。

1年の時から、多奈川さんは朝比奈が好きなのかな。そういえば朝比奈が掃除当番の日はいつも彼の教室でわざわざ行っては、だらだらしてたような記憶がある。

朝比奈は竹ノ内くんと帰ってるけど、朝比奈本人に話しかける勇気はないみたい。

そういえば竹ノ内くんは一緒に帰らないんだろうか。あたしは竹ノ内くんと話したことないけど、邪魔者かもしれない。


そんなことを考えながら、裏門に向かった。
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