【番外編】ルージュはキスのあとで
「京! 今日ヒマだろう? 飲みにいかないか?」
「……」
京の携帯に電話をかけ、開口一番にそう言った俺。
つい最近見つけた日本酒のおいしい小ぢんまりとした居酒屋のことを思い浮かべる。
あの店、絶対に京の好みだ。絶対に気に入るはず。
そわそわ、うきうきして誘いの電話をかけたというのに京からの返事がこない。
おかしいなぁと思いつつも、飲みに行く誘いを続ける。
「この前さ、絶対に京好みの居酒屋発見したんだよねー。料理もうまいし、なんていっても日本酒の数がすごいのなんのって」
「……」
「ものすごくおすすめなんだ。今日はオフなんだろう? 夕飯ついでに行こうぜ」
「……」
何も言わない京に疑問を持ちつつ首を傾げていると、電話の向こうから真美さんの声が聞こえた。
「長谷部さん、バスタオルってこれ使えばいいのー?」
なに? バスタオルだと?
思わず時計を見る。ただいま、夕方5時。
お前たち、いつからなにしてたんだよ!
思わず歯軋りをしそうになった俺を無視して、京は電話の向こうの真美さんに言う。
「ああ。早く拭いてこっちに来いよ。まだ足りないから」
「バ、バカ!! もう十分でしょ?」
真美さんの慌てた声がかすかに聞こえる。
会話からして真美さんはきっとバスルームだ。
一方の京は、さっきまでずっと真美さんを抱きしめていたのに、まだ足りないから早くバスルームから出て来いとのたまっている。
……勘弁してくれ。
俺は、米神をグリグリと抑えて、この状況に心を痛める。
俺の電話には無言だったくせに、真美さんからの問いかけにはいち早く答えた京。
ちょっと真美さん、たまには遠慮して京を貸してくれよ。
それに京! 真美さんばかり優先するの、本当にやめてくれ。
むくれて口を尖らせていると、やっと京が電話に出た。
「と、言うわけだから。無理だ。また今度な」
「あ、おい! ちょ、ちょっと、」
まだ話しがあったのに。俺のことなど無視して、電話を切る京。
俺の耳には、無機質な機械音がプープーと鳴り響くのみ。
「俺はお前の双子のお兄様だぞ! なんだよ、その態度は!」
すでに電話を切ってしまった京には届かない俺の悲痛な叫び声だけが自身の部屋で響いた。