【番外編】ルージュはキスのあとで
「えっと、どういうことなのかな? 進くん」

「んー?」

「いやいやいや、恍けないでよ。どうしてこんなことになっているの?」

「ふふーん」

「あのね、笑っている場合じゃなくて。ちょっと進くんってば、聞いている?」


 久しぶりに真美さんに連絡をとった。
 もちろん京介が仕事で忙しい日を選んだ。

 間違ってもニアミスしてしまっては、この計画は崩れてしまうからだ。
 
 真美さんには、「久しぶりに会って、お茶でもいかがですか?」と誘った。
 最初は渋っていた真美さんだったけど、皆藤さんも一緒だからというとOKの返事がもらえた。

 待ち合わせは、とあるカメラスタジオ前の喫茶店。
 真美さんは、なんの疑いもなく喫茶店に来た。
 もちろん、皆藤さんにも同席してもらった。

 皆藤さんがそこにいないとなれば、真美さんのことだ。
 帰ると言い出しかねなかったから。

 まぁね、なんせ京との仲をぶち壊そうとしていた張本人だからね。真美さんも警戒しているというわけ。
 しかし今回のことは、皆藤さんも共犯だ。

 皆藤さんというか。ファッション雑誌『Princesa』も共犯だったりする。
 もちろん、そのことは真美さんには内緒。


「真美さんが体験モデルをやったときのカメラマンとかもいるから、顔だしてみない?」


 そう言って真美さんを連れ出し、連れてきた先はこのカメラスタジオだ。
 初めは、久しぶりに会うカメラマンやスタイリストの人たちに挨拶をしていた真美さん。

 和気藹々となったところを見計らって、真美さんを連れ込んだのはメイク室だ。
 戸惑っている真美さんを無理やり椅子に座らせ、すぐさまメイクを開始させた。


「ねぇ、進くん。どうしてメイクなんてする必要が……」

「どうしてでしょうねぇ?」

「あのね、聞いているのは私のほうであって……」


 のらりくらりと真美さんからの質問をかわし、なんとかメイク完了。
 うん、我ながらいい出来だ。

 初めて真美さんにメイクをしてみたけど、やはり化粧栄えする顔をしている。
 鏡越しから俺は真美さんの目をジッと見つめた。


「どう? 京とは違う感じに仕上がっただろ?」

「……本当だ」


 鏡をジッと見つめる真美さんを見て、思わず口角が上がる。
 

「双子だとしても、やっぱり考え方とかも違うからね。京とは違う仕上がりになったりするんだよ」

「へぇ……。手順とかも、使っている化粧品とかも長谷部さんのとは全然違うものね」

「お? 少しはわかるようになってきたね」

「そりゃね……長谷部さんってば鬼コーチだったもん」

「あはは、確かにね。京は、容赦ないから……ってことで」

「へ?」


 真美さんの腕を掴み、無理やり立ち上がらせる。
 驚いた顔をして後ろを振り返った真美さんを、今度は皆藤さんに託す。


「さぁてと、メイクも終わったことだし。撮影に入りましょうか」

「は!?」

「体験モデルとして活躍した真美さんって、その後どうなりましたか? っていう問い合わせが多くてね」

「は、はぁ……」

「だから今回ある企画を立てたのよ」

「き、企画……ですか?」


 恐る恐るといった感じに聞く真美さんを見て、皆藤さんはニンマリと笑う。
 その様子を見て、皆藤さんほどいろんな意味で怖い人はいないだろうなぁと俺は思いながら見守る。


「そうよ! 体験モデル、田島真美。進さまがメイクすると、どんな感じになるのか? っていう企画」

「ちょ、ちょっと、皆藤さん。そんな話し、私全然聞いていないですけど?」

「まぁまぁまぁ」

「皆藤さんってば! 誤魔化さないでください」


 必死に訴える真美さんだが、相手は皆藤さんだ。勝つなんて無理、無理。
 俺はニコニコと笑って傍観していたのだが、今度は俺に矛先が回ってきた。


「ちょっと進くん。これってどういうこと?」

「ん? そういうことなんじゃない?」

「困るよ! ねぇ、このことって長谷部さんは知っているの?」

「もちろん」

「っ!」


 俺がそういうと驚きのあまり言葉がなくなる真美さん。その隙をついて皆藤さんは、真美さんをセットに連れて行き撮影をスタートさせる。

 最初こそ戸惑っていた真美さんだったけど、これだけたくさんのスタッフが動いているから今更引き返せないと思ったのだろう。
 あとは大人しくカメラマンに言われるがままにポーズを決めていた。

 
「もちろん、京には言っていないけどね」


 真美さんの耳には、カメラのフラッシュの音とシャッター音しか聞こえないだろう。
 俺は、このあとの京の慌てぶりを想像して思わずクスクスと笑った。
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