プライマリーキス 番外編&溺愛シリーズ
 私道を抜けると『雪中花』が見えて来て、前に訪れた秋とは違う風景が見えた。紫陽花がまだ残っている通り、窓を開けると緑の葉が風に揺れてさわさわと優しい音を立てている。

「仲居さんが待っていてくれてるみたい」

 既に並んで待っている。女将の姿はまだ見えない。久美ちゃんと赤ちゃんのことも気がかりだろうしますます忙しそうだなと感じた。

 ジューンブライドを迎える季節に、久美ちゃんは出産した。陣痛がきてもなかなか生まれないで仕事を終えてから森重さんが丸一日付き添っていたみたい。

 きっと彼がいるから……久美ちゃんは安心していられるんだと思う。

『雪中花』を訪れると、女将……レイコ伯母さんがいらっしゃいと笑顔を見せてくれた。

「どうぞ。美羽ちゃんに会いたがっていたわよ」
「ご出産おめでとうございます」
「ありがとう。ねえ、美羽ちゃんも、そろそろね」

 耳の側で小さく言われて、私は条件反射で赤くなってしまう。

「お邪魔します」

「潤哉さんもいらっしゃいませ。美羽ちゃんの旦那さんなんですから、そんなかしこまらないでくださいな。ゆっくりお部屋もご用意してますからね。前にいらっしゃったときのお部屋を」

 浮かれ調子の女将に、潤哉さんが笑って私の方をそれとなく見てくる。意味を含んだ甘い視線にドキンとしてしまい、なんだか落ち着かなかった。


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