スイートなメモリー
「帰ってなかったんだ」
学人さんは、その人を見て言った。
「ちょっと……」
その人は、学人さんを見て答えた。
学人さんの向かいに座っている雪花女王を気にしながら。
一瞬の沈黙。
私はなにもせずにただ床へ座っていた。
放っておいたら恋人同士の諍いが始まりそうなその沈黙を破ったのは、雪花女王だった。
「お掛けになったら」
乗馬鞭が指し示しているのは学人さんの隣で、その人はためらう様子を見せてから学人さんの横へ腰掛ける。少し離れるようにして。
「初めまして。私は雪花。学人さんのことはずっと前から良く知っているわ」
「初めまして。前崎です」
「下のお名前は?」
学人さんが口を開こうとしたが、雪花女王は学人さんに微笑みかける。
あなたは黙っていてという無言のプレッシャー。
「……芹香です」
「そう。芹香さん」
ゆっくりと立ち上がる雪花女王。彼女が動くたびエナメルが反射する。芹香さんが雪花女王に目を奪われているのが私にもわかった。
学人さんも、芹香さんも、なにも言わずにいた。
主導権は、雪花女王が握っていた。
雪花女王が芹香さんへ近づいて、彼女の黒い髪を撫でる。
「綺麗な髪。肌も綺麗。学人さんが気に入るわけね」
雪花女王と芹香さんが並んだのを見て、芹香さんにボンデージを着せてみたら似合うだろうかと想像してみた。
似合わなければ良いなと思ったのだが、想像してみたら意外にも芹香さんと雪花女王がどことなく似ているのではと気がついた。
逆も思い出してみる。まったくの普段着の雪花さん。
ああ、彼女達は似ている。
姿形が似ているわけではないけれど、雰囲気が。
どこだろう。なにがだろう。
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