スイートなメモリー
「やっぱりあれにすれば良かったかな……」
私の葛藤など知らずに、エステティシャンがありきたりなことを言う。
「でもそういうのもいいですよね。憧れます」
私もありきたりな返事をする。
「一生に一度だしね」
一度で済めばいいと、心からそう願う。
勢いで決めたところもあるけれど、それでも私にとっては重大な決断だったから。他人に身を任せるというのが、どういうことなのかを体験したからこそ覚悟が出来たようにも思っている。
人に見られること、他人に身をゆだねること、綺麗になりたいと思う心。
それらは全てあの経験がなければ気づかずにいたことだ。
背中を大きく開けたドレスが、私を綺麗に見せてくれたら嬉しいと思う。
それを見て、夫となる人が喜んでくれたらとても嬉しい。
これまでの色々な出来事が私を少しづつ変えていったように、結婚も私を変える出来事になるのだろうか。
後悔はしたくない。
結婚を決めたことで、色々なことを私は捨てたと思う。
仕事もそのひとつだし、これまでの経験にしても、なかったことにしてしまうであろうことがいくつもある。
それでもそれらは、私を形作っていることには変わりないのだし、なかったことにしていても、記憶にはこびりついたままで、ふとした時にそれを思い出したりするのだろう。
イヤだったから忘れたいとかそういうことではない。
ただ、なかったことにしなくてはいけない、そんな風に思っている。
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