スイートなメモリー
雪花女王が「美咲は学人くんにあげるね」と宣言してから、手のひらを返したように俺をぞんざいに扱うようになった気がする。
雪花女王が俺に向かって微笑した。
「納得いかないって顔してる」
美咲もさすがに悪いと思ったのか、少し離れたところから俺の手を握る。
「学人さんはやっぱり美咲ではいやですかね?」
納得いかないのはあたりまえ。
別に美咲がいやな訳じゃない。
俺は乱暴にネクタイを外して、ソファから立ち上がる。
なにか抱きかかえるものが欲しかったので、美咲にしようかどうしようかしばし迷って、入り口に座っている球体関節人形の肉子を連れてくる。
「俺をわかってくれるのは肉子だけだよ」
もの言わぬ人形に語りかけながら、それを自分の傍らに座らせて抱き寄せる。
肉子の肌は固くて冷たいけれど、決して俺を拒絶はしない。
と、温かくて柔らかい肌が俺の身体に押し付けられた。
肉子とは反対側に美咲が無理矢理入り込んできたので、ふたり掛けのソファは窮屈になる。
右手に冷たく固い肌、左手にほんのり温かくて柔らかい肌。
「両手に花って言っていいんだろうかこれは。ていうかさ。美咲お前、肉子にやきもち焼くなよ」
「別にそういう訳じゃないです」
「じゃあなんなんだよ」
「学人さん可哀想だと思って」
「自分のご主人様をかわいそうがらないの!」
「学人くん、肉子こわさないでね? こわしたら殺すよ?」
「いやそれ雪花さんシャレなんないから」
わかってる。
ふたりとも、深刻にならないようにしてくれてる。
雪花女王が、温かいコーヒーを全員分入れてくれた。
「納得いかなくて、当たり前だよね」
あんたのせいでもあるだろう、というのを俺はぐっと飲み込んだ。
わかってる。
雪花女王はあれが俺のためになると思ってしたのだろうから。
わかってる。
雪花女王は、俺の身の程を俺自身にわからせるためにああしたのだろうから。
わかってる。
彼女にとっても、そのほうが良かったのだろうから。
俺が何も言わずに雪花女王を見つめていたのを心配して、美咲が俺の腕にからみついてきた。こいつはこいつなりに俺を心配しているのだろう。
頼りないご主人様だと思ってるだけかもしれないけれど。
それでもいい。
ほんとに俺は頼りないんだから。
あのままだったら、きっと俺が潰れてたんだ。
< 125 / 130 >

この作品をシェア

pagetop