スイートなメモリー
「リアル育成」
「はあ?」
 思わず声に出してしまっていて、隣の席の奴から気味悪がられる。
「三枝大丈夫?」
「なにが?」
「いや……。なんか最近真面目だなと思ってたけど、結構ぼんやりしてるしさ。あんまりぼーっとしてるとまた係長に叱られるよ?」
「そうねえ。でも叱られてる方が仕事してる気になるかも」
「なにそれ。お前マゾかよ」
逆なんだけどね。
怒られっぱなしの俺は、実は女を泣かせて虐めたい願望のあるサディスト。
部下を叱りつけていつもきりっとしている前崎係長が、実は男にかしづいて上目遣いで虐めてほしいと懇願するようなマゾヒストだったらどんなに素敵なのだろう。
……もしかしたら俺はギャップ萌えを求めているのかしら。
ポケットの中のタバコに触れてみる。
社会人になってからタバコはやめていたのだが、前崎係長と接点を持ちたくてまた吸うことにした。
彼女が喫煙所へ立った頃を見計らって、俺も喫煙所へ行こう。
チャンスは逃したくない。


数日ばかり前崎係長の行動に注意を払っていたので、彼女がどのくらいの頻度でタバコを吸いに離席するのか、俺はなんとなくわかってきていた。
他の人間が行かないような頃を見計らって七階と八階を結ぶ非常階段の踊り場にある喫煙所へ先回りする。
前崎係長は俺がタバコを吸うとは思っていないし、おそらく俺が居れば驚くだろう。
その驚く顔も見たいと思った。
非常階段で受ける秋風は少々冷たかったが、前崎係長が来るのをじっと待つ。
タバコを吸いに来たわけではないので、足音が聞こえてきたら火をつけるつもりでいた。


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