スイートなメモリー
少し怒った顔で、前崎係長はくらげを目で追ったままつぶやく。
「だって三枝君なんだか手慣れた感じがするし。こういうところもしょっちゅう来てるのかなって思ったから……。普段の飲み会とかだとあまり動かないくせに随分気が利くから驚いたのよ」
ああ。俺にテーブルマナーや女性のエスコートについてスパルタ教育をした雪花女王がうらめしい。
前崎係長に女慣れしてると誤解されてるよ! 違うんですよ? これは女王の教育の成果ですよ? 
女王様三人とかに囲まれて「ご主人様育成教育~」とかって仕込まれたりはしましたが、好きな女とこんな小洒落たレストランに来るだなんて初めてなんですからね!
心の中で言い訳をしながら、前崎係長のグラスが空いたのでシャンパンボトルを手に取ろうとしたら、先に手を伸ばしていた彼女の手に触れた。
二人で慌てて同時に手を引っ込める。
なんだこれ。
なにをどう持って行ったらいいんだ。
戸惑っているうちに、俺のグラスにシャンパンが注がれて、彼女は自分で自分のグラスにもシャンパンを注ぎ入れる。
パスタも肉料理も運ばれて来て、シャンパンもテンポ良く進み、なんとなく緊張もほぐれてくる。
仕事の話、同僚の話、取引先の人の話。仕事場が一緒だと、ある程度共通の話題があるのが助かる。
話しているうちに、俺はなんだか申し訳ない気分になってくる。
「いつも怒らせてばかりいてすみません」
「もっと真面目にやればいいのに、とは思ってるのよ。私は私で、無理しているのわかられちゃって恥ずかしいんだけど」
俺の目の前で色んな失敗をした彼女のことを思い出す。
思わず笑ってしまう。
「やっぱり笑われた」
「すごくしっかりした人だと思ってたのに、色々意外だったから。だけど、そういうところを見られたから気になったんだと思う」
「どうして……」
仕事のことは饒舌に色々語る彼女が、自分のことになると口をつぐむ。
そんなギャップがなおさら俺の興味をそそる。
知らない彼女を知りたい。
俺の手でつまびらかにしたい。
俺だけが見ることのできる前崎芹香を見たい。
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