スイートなメモリー
食事もほぼ済んで、シャンパンから甘いカクテルに飲み物を変えた前崎係長は、アルコールで目を潤ませている。
店員に声をかけて、デザートのメニューをもらう。
「甘いものでも食べますか? コーヒーもあるよ」
俺が差し出したメニューに伸ばされた彼女の手を、メニューで隠してそっと握る。
驚きで力が入れられたそのほっそりした指は少し冷たくて、俺の手が熱いのがわかる。
二秒もせずにメニューと冷たい手は引き抜かれ、潤んだ瞳は膝の上に置いたメニューに向かって下げられたまま。
「どうしてそういうことするの……」
俺の耳に届くのは震える小さな声。
テーブルの上に、黒いセルフレームの眼鏡が置かれる。
ハンドバッグからハンカチが取り出されて、目頭を押さえる彼女。
頑張れ俺! 今がチャンスだ!
飯食うだけで帰るつもりじゃないだろう?
この前雪花女王からも言われたじゃないか。「学人くん、がーっといっちゃいなよがーっと」なりふりかまうな。
かっとばせー、まーなーと!
「かわいいから」
「年上に向かって可愛いとか言わないでよ」
「年とか関係ないし」
もう泣いてはいないけれど、メガネを外して赤い目をした彼女が怒った顔を俺に向けた。
怒ってるけど怒ってはいない微妙な表情。
いけ学人! だめ押しだ! ここでいかなきゃ男がすたる!
「芹香さん、デザートなに食べるの」
俺に残された時間はあと少し。
芹香さんがデザートを食べ終えるまで。
それまでに、俺の記憶に残ってるくらげがどこに居たのか思い出さなくちゃ。

それを思い出すのと、これからどう畳み掛けるか、俺の頭はフル回転。
メニューを見るために、彼女がテーブルの上の眼鏡に手を伸ばす。
「眼鏡、かけないほうがいいと思う」
「ないと見えないのよ。三枝君はなに食べるの」
「俺は決まってるから大丈夫」
< 35 / 130 >

この作品をシェア

pagetop