スイートなメモリー
昨日の夜、二人でお酒を飲んでいたら学人さんから困惑をぶつけられた。
「俺、芹香さんを怒らせるようなミスをしてるとは思えないんだけど。なんであんなに怒るの? 時々本気でむかついてさ。あとで覚えておけよ、と思うんだよね」
それは、あとからなにかの形で仕返しをされるということだろうかと思い、恥ずかしくなってうつむいた。
私は学人さんを怒らせたくて、罰してほしくてあんな風にキツく当たったりするのだろうか。
どんな風に罰せられるのを期待しているというのか。
意図的にそうしていた訳ではないから自分のそんな深層心理を見せつけられて、恥ずかしくて声も出せない。
言い訳もなにも出来なかった。
「芹香さんはさ、俺を怒らせてどうしたいの?」
学人さんを試しているんだと思う。
昼間に私が学人さんを怒ったら、夜にそれを責めてほしくて、芹香を欲しいと言ってほしくて、私だけの学人さんでいてほしくて、私がなにをしてもどんなことを言っても、私が学人さんのペットであることを自覚させて安心させてほしいのだと思う。
わかっているのに、何も言えない。
自分がそんな態度を取ることで、もしかしたら学人さんは私の不安になんか気づかずに、私のことを疎ましく思ったりするかもしれないのに。
そう思ったら、なおのこと何も言えなくて、顔をあげられなくなった。
学人さんが私の方を見て、うろたえ始める。
「ねえ、怒ってる訳じゃないんだ。なんであんな風にするのって聞いてるだけなんだよ。責めてるわけじゃないの」
違う、そうじゃない、って一言伝えるだけでいいのだろうに、私は恥ずかしさで学人さんに声をかけられない。
ひたすらうつむいて学人さんから顔を背ける私。
「芹香さん、もしかしてさ……」
学人さんは、なぜ私がこんなに恥ずかしがっているのか、気がついてしまったのだろうか。
さらに恥ずかしくなってしまって、カウンターの下で足を組み替える。
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