渇望の鬼、欺く狐
「俺ね、藍がそいつを育てるのは別に構わないよ。でも、そいつばっかに付きっ切りにならないで。ちゃんと今まで通り、俺の事も構って。でなきゃ……」



 一度言葉を区切った雪は、視線を旭へと向けて。

 冷たくその目で射抜いた後、再度私へと視線を戻した。



「……でなきゃ。そいつ食っちゃうよ?」



 調子の良い間延びした口調とは違う。

 ニヤニヤした口元の笑みも浮かばせてはいない。

 きっと雪は、その気になれば本当に旭に手を出すのだろう。


 こちらにしてみれば、旭は気紛れで拾っただけの存在に過ぎないのだ。

 だから雪が旭をどうしようと構わない。


 頭ではそう思いながら。



「……どうせ構わなくても、お前は自分から私に纏わり付くだろう?」



 どうして。

 曖昧ながらも雪の言葉を肯定するような返事をしてしまったのだろうか。



『…………るよ、藍』



 ふいに脳裏によぎる声。

 その声に、一瞬体は強張りを覚えて。

 だけどそれは髪に触れた感触で、思考を散らす事となった。
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