渇望の鬼、欺く狐
「二人とも、そろそろ帰ろうか」


「えぇ……、母ちゃん、俺もうちょっとー……」


「また明日も出来るよ」



 よっぽど楽しいのか、旭はこちらの言葉に不満気な回答を口にする。

 どう言い聞かせようかと考えていれば、ふわりと浮いた旭の体。



「ほら、お前は帰って飯食わなきゃだろ」


「凄いね、高い!」



 旭を肩車した雪が、こちらに視線で合図を送り付ける。

「ありがとう」という意味を込めて、雪へと笑い返した。



「雪、走ってー」


「落ちんなよ」


「大丈夫ー」



 夕焼けに向かっていく二人の姿。

 眩む程に強い、光の中に駆けていく二人へ。



「……雪、旭」



 声を漏らしてしまった理由は。

 その名を呼んでしまった理由は。


 多分。

 少し怖かったのだと思う。

 光の中に包まれていく二人が。

 そのまま消えてしまいそうな気がして。
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