渇望の鬼、欺く狐
「藍、早くー」


「母ちゃーん」



 光の中で立ち止まった足と、振り返った姿。

 こちらを呼ぶ二つの声。



「……あぁ、今行くよ」



 大丈夫。

 ここに居る。

 手の届く場所に。

 雪も旭も。


 心に感じた恐怖を覆う安心に縋り付きたくて。

 普段よりも速い速度で足を進めだした。

 隣に立ち視線を向ければ、雪も旭も楽しそうに会話を繰り返している。

 もう恐怖を感じる事もない理由は、自分の体も二人と同じ眩い光に照らされているからだろうか。



「母ちゃん、今日のご飯何ー?」


「魚を焼いてあげるよ」


「残さず食えよな」



 普段と代わり映えしないやりとりが、耳に心地良い。

 明日も明後日も、こんなやりとりを耳に出来たら、と。

 そんな事を思った。

 
< 107 / 246 >

この作品をシェア

pagetop