渇望の鬼、欺く狐
 口を固く噤んで、微かに目に涙を浮かべる雪は、きっと私の告げた言葉の意味を理解している。

 理解しているクセに。



「……藍はそれでいいの?」



 こんな事を訊ねる雪の心情は、単に事実を認めたくないからなのだろうか。



「それでいいも何も。それが運命だからね」



 人間の一生など、あまりにも儚い。

 それは他の生物よりもずば抜けて寿命の長い鬼や、妖力を携えた生物からすれば、一瞬とも取れる程に。

 雪から旭へと戻した視線。

 安らかな寝顔は、やはり心を落ち着かせてくれる。

 撫で付けた頬の滑らかさや、柔らかさを感じながら。

 無意識のうちに、考えてしまっていた。



 いつか。

 この手に伝わる感触が、変化する時がくるのだろう。

 滑らかさも柔らかさも失って。

 代わりに、皺が増えて水分が減って。

 それでも。

 傍に居る事の出来る時間が、ほんの一瞬だけなのだとしても。

 いつかお前が私より先に老いぼれても。

 お前が死ぬその瞬間。

 お前が一生を終えるその瞬間まで。

 否、死んでからも。

 お前は私の子供だよ、と。


 そんな思考は、安眠を貪る旭の耳には決して届かないけれど。 
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