渇望の鬼、欺く狐
「……藍の馬鹿」



 悔しそうにこちらを睨み付ける視線に、ふと気付く。



 ……あぁ、雪にこんな風に睨まれる事なんて、初めてかもしれない。



 雪は、いつだって私の言う事を、否定しようとはしなかったから。

 甘えて媚びて、ひたすらに私の機嫌を取ろうとばかりしていたから。

 それを投げ出してでも私を睨み付けたい程、雪にとっての旭は大きな存在となってしまっているのだろう。

 そっと伸ばした手。

 髪を撫でても、その視線を和らげないクセに、私の手を弾き返す事もしない。



「すまないね」



 事実を突きつけて。

 その瞬間を想像させるような事を口にして。

 心の底からを思わせる願望に、賛同してやれなくて。

 本当にすまない。

 だけど。



「……旭が歳を取るのは、あっという間だよ。だから……」



 逃れられない運命を。

 どう仕様も無い事実を。



「……精一杯、旭を可愛がってやって欲しい」



 どうか受け入れて欲しい。
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