渇望の鬼、欺く狐
 翌朝。

 体を揺さぶる震動に頭が覚醒すれば、目の前には不安気にこちらを見遣る雪の表情が映り込んだ。



 あぁ、良かった。



 下がる眉尻を目にして、そんな事を思う。

 昨日雪の口から「また明日」と告げられたハズなのに、こうして安心してしまう理由は、心のどこかでは不安だったのかもしれない。

 雪がもう、ここに来なくなったらどうしよう、なんて。

 そんな事を思って。



「おはよう」



 伸ばした手が、雪の薄茶色の髪に到達する。

 下がった眉尻が更に下がった事に気付けば、その声は耳に届いた。



「あ、藍……」



 小さくてか細い声。

 少し震えた声色に訊ね返せば、横になったままの私に雪が覆い被さって。

 咄嗟に背中に手を回すと同時に、雪は先の言葉を口にした。



「ごめん、なさい……」



 耳を掠めた謝罪に「何がだい?」と再度訊ねれば、雪はか細い声色を保ちながらに紡ぐ。

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