渇望の鬼、欺く狐
「昨日……あんな態度取って……ごめんなさい」



 途切れ途切れに落とされる言葉は、雪の不安を映すには十分すぎる程の物。

 雪が謝る必要などない。

 雪はただ、願望をその口に出しただけなのだから。

 私が。

 それに応えてやる事が出来なかった。

 雪が甘えたで、懐いた者には執着し、依存する事を知っていながら。

 旭の存在に対しても、きっとすでに執着し、依存しているのだろうと、心のどこかではわかっていながら。

 その願望を打ち砕くような真似をしてしまった。

 今にして思えば、もっと言い方があったかもしれないのに。



「私も……すまなかったね」



 謝罪の念を込めて、背中に添えた手に力を込める事で雪の体を抱きしめれば、雪からの圧迫も強められた。



「……俺の事、嫌ってない?」


「嫌ってないよ」


「本当……?」


「本当だよ」



 問いかけに迷う事なく即答すれば、眉尻だけでなく目尻までがふにゃりと下がって。

 ようやく雪の不安が解消されたのだろうと理解出来た。

 そしてその理解は、同時に私の安心を呼び付ける。
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