渇望の鬼、欺く狐
 雪にこんな表情など似合わない。

 甘えて媚びて縋って。

 間延びした口調で。

 そんな態度が似合うのだ。

 不安を全面に押し出した声や表情よりも、ずっと。



「……母ちゃん? 雪ー?」



 耳に届く寝惚けた声。

 視線を寄越した事で、旭の目が瞬きを繰り返していた事を知る。



「旭。起きたのかい?」


「母ちゃー」



 雪が覆い被さる私の体の少ない隙間に、雪と同じように覆い被さってきた旭。

 二人からの圧迫は、少々身動きが取り辛いけれど。



「母ちゃん! 大好き!」



 起き立てにも関らず、きゃっきゃと笑いながら楽しそうな旭に心は満たされて。

 二人の圧迫故に取り辛い身動きなら構わないかもしれない、なんて。

 そんな事を思った。



「さぁ、飯を食べたら今日もとんぼを捕りに行くかい?」



 雪の不安が拭われた事による安心と、満たされた心情の中。

 昨日と変わらない一日が、始まりを見せる。 
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