渇望の鬼、欺く狐
「あの……うん。お前はほら……、まだ五歳だし……うん」


「……っ、ふ……」



 狐の言おうとしている事を理解したのか、幼児の顔がくしゃりと崩れていく。

 ただでさえ突き刺されていた狐の罪悪感は、幼児のその表情と目に溜まった涙に痛みすら覚えてしまった。



「あ、あ……藍、俺……」



 咄嗟に鬼に求めた救済。

 なのに。



「旭。わかっただろう? 雪も駄目だって言ってるから、諦めなさい」



 狐の思惑など一切気に留める事もなく、鬼はそんな言葉を口にして。

 その結果。



「……っ、もういい! 母ちゃんも雪も嫌い!」


「あ、旭……!」



 幼児は逃げるように、駆け出して行ってしまう。

 追いかけようとした狐の耳に届くは、「雪」と自分を呼ぶ鬼の声。

 早く追いかけなければと慌てる気持ちをそのままに、鬼へと視線を向けた時、狐は初めて鬼の表情に気付く。
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