渇望の鬼、欺く狐
 少し高いこの場所から見渡した先。

 そこに小さくひっそりと佇む古い社に、幼児は目を見開かせた。



「俺が住んでるとこ!」


「そう。俺は三日に一度しか、旭たちとは寝れないから。他の日は、ここから社を眺めてるんだ」



 自分の寝床を探せ、と鬼は狐に告げた。

 出来るだけ鬼から離れたくないと考えた狐だけれど、気配で鬼を感じるよりも視界に映したいと考えてしまった。

 故に、少し遠くとも社が見えるこの場所を、自身の寝床に選んで。

 今ではもう、狐はすっかりこの場所に馴染みを覚えている。

 姿を追ってきた時とは違い、幼児は今ではすっかり泣き止み、その顔に笑顔すら浮かばせていて。

 それを確認した狐が幼児の頭を撫でれば、狐の耳には躊躇いがちな声が届いた。



「……ねぇ、雪ー?」


「うん?」



 狐が視線を向けても、幼児は狐の方向を見ようとはしない。

 幼児の視線は、ただ真っ直ぐに小さく佇む社へと注がれていた。



「……何で母ちゃんは、あんなに駄目って言ったのかな?」



 その言葉に一瞬強張った狐の体。

 だけど次の瞬間には、狐は口を開き幼児に答えていた。
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