渇望の鬼、欺く狐
「さっきも言っただろ。藍はお前が心配なんだって」


「それだけ?」



 幼児の目に映る景色は、いつだって鮮明でいて。

 澄み切ってすらいるのかもしれない。



「母ちゃん、今まであんな風に駄目だって言った事なかったよー?」



 濁る事を知らず。

 曲がる事を知らず。



「いつも……、俺がしたいって言った事は、いいよって言ってくれるのに……」



 それ故に。

 何かを感じ取ってしまっているのだろうか。

 それこそ。

 純粋な心で感じ取る事の出来る、些細な変化を。


 狐の顔に浮かぶは小さな嘲笑。

 その嘲笑は間違いなく、狐が自身へと向けて浮かべた物だった。

 もっとも、そんな表情は幼児に気付かれる前に、狐は消してしまったけれど。



「旭」


「うん?」



 狐は幼児へと声をかける。

 普段通りの、幼児を想い慕う表情を浮かばせながら。
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