渇望の鬼、欺く狐
 見上げる視線が、再度俯いていく。

 狐が半ば呆れた気持ちで幼児を目に映していれば、幼児は躊躇いがちな声色で先を続けた。



「俺……」


「うん」


「母ちゃんの事……、雪もだけど……。嫌いって……言っちゃった……」



 あぁ、俺も痛かったけど。

 旭も胸の痛みを感じたのか。



 幼児の口調や態度から感じ取った後悔。

 しゃがみ込んで幼児と視線の高さを合わせた狐の心には、もう呆れの色など見当たらずに。



「旭」



 ただただ、早く鬼に合わせてやりたい、と。

 早く謝罪させてやりたい、と。

 そんな事を思った。

 幼児が謝れば、鬼はきっとすぐに幼児を抱きしめてやるだろうから。

 そうすれば、また普段の自分たちに戻る事が出来るのだろうから。



「俺もだけどな。お前に嫌いって言われて、凄い辛かったんだ」


「ごめんなさい……」



 幼児の目に、また涙が溜まっていく。

 それを確認しながら、狐は先の言葉を口にした。
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