渇望の鬼、欺く狐
 よくよく見れば、野うさぎのうち二匹は、体もそれなりに大きい。

 野うさぎに手をかけてから、すでに数年が経過している事。

 こちらを見て怯えながらも、逃げようとはしない様子。

 そこから導き出す仮定に辿り着こうとも、取り立てて狐が慌てる様子も見当たらない。



「ねー、あれ触ってみていいー?」



 好奇心に満ちた目で訊ねながらも、幼児はすでに野うさぎの方へ歩み寄ろうとしていた。

 咄嗟に「駄目だ!」と口に出した狐に、幼児は不満そうな表情を向ける。



「何で駄目なのー?」


「え? あ、えぇと……」



『くれぐれも結界から出ないように、気を付けてやって欲しい』



 狐の頭に、社を出る前に鬼に言われた言葉が浮かぶ。

 と言って、先程幼児には、結界の存在について言わないでおこうと決めたところでもある。

 少し悩んだ狐は、閃いたように言葉を発した。



「あのな、旭。あいつら、大人しそうに見えて、実は凶暴なんだよ」


「……じっとしてるよー?」


「怖がりなんだ。で、すぐに噛み付くんだよ」


「え……」



 幼児の目が、不安気な物に移り変わりを見せて。

 その事を感じ取りながら、狐は幼児には気付かれぬように、安堵の溜息を漏らした。
< 135 / 246 >

この作品をシェア

pagetop