渇望の鬼、欺く狐
『随分とみすぼらしいね』



 相手が動物なのだから、話しかけたところで返答などあるわけもない。

 それを理解していながら。



『悪いが、お前にくれてやる餌なんて物は何一つないよ』



 何故だか私は、目の前に居る狐に話しかけてしまったのだ。

 こちらの言葉を、狐が理解していたかどうかはわからない。

 ただ狐は、私との距離をまた詰めて。

 その頭を私へと擦り寄せてきた。



『野生が鬼なんかに擦り寄るもんじゃないよ』



 言葉をかけても、狐は擦り寄る事を止めようとはしない。

 立ち上がり去ろうとしたけれど、何となく腰が重たくて。

 結果、私はその頭へと自分の手を伸ばしてしまった。

 嬉しそうに何度も何度も擦り寄って、私の手を舐めながら。

 終いには「抱いて」とでも言うように、前足を私の着物へと伸ばした狐。

 流石に飼う気もないのに懐かれては困ると、その頭を一度撫でてから立ち上がった。

 なのに。



『……付いて来られても困るんだけどね』



 先を歩く私の後ろを、狐は不恰好な歩き方で追ってきたのだ。

 この時には、そちらに視線を送らぬよう、真っ直ぐに前だけを見て社へと戻る事となった。
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