渇望の鬼、欺く狐
 ひたすらに歩いて歩いて歩く。

 出来る限り、自分の居た場所から離れたかった。

 距離が開けば開く程、家族の事は忘れられると、そんな風に思えていた。

 不思議な事に、一向に腹が減る気配がない。

 夜も歩き続けても、眠気がやってこない。

 そうして歩きながら、少しずつ自分の体が衰弱してきている事に、狐は気付いていた。

 だけど何かを食べる気にも、眠る気にもなれずに。

 その行為に時間を費やすぐらいなら、その分歩いていたかった。

 更にもう一つ。

 体力的な極限状態の中、行く当てもなく、歩き続ける事だけを念頭に置いていた狐。

 自然と研ぎ澄まされていく神経は、狐に他の生物の気配を感じ取らせたのだ。

 気配を感じ取れば、狐は進行方向を変えて、また歩いて。

 やがて狐は辿り着く。

 膨大な強い気配と、微かに鼻を掠める甘く深い芳香へと。

 クラリ、と揺れた狐の脳。

 

 近付いてはいけない。



 狐の本能が呼びかける。

 そうして呼びかけるクセに。



 もっと深く嗅ぎたい。

 すぐ近くで。



 正反対とも言える欲求が、揺れた脳の中で湧き出していく。

 これもまた、狐の本能によるものだった。
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