渇望の鬼、欺く狐
 一歩、また一歩と、匂いのする方へと足を進めていく。

 それと共に、体の芯が強く震えを起こして。



 怖い。



 意味もわからず、狐はそう感じていた。

 どうしてかはわからない。

 だけど匂いのする方向からは、強い何かが感じ取れるのだ。

 近付けば死ぬ。

 その事だけは何故だか理解出来た。

 そうして理解し恐怖を感じても尚、進んでいく足。

 それはもう、狐の意思とは別だったようにも思う。


 上がり出す息。

 霞み出した目。

 逃げろ、と。

 体内における、全ての細胞が叫んでいるかのような感覚。


 ふいに立ち止まった狐の足。

 一歩踏み出したその先が、「向こう側」なのだと直感で悟る。

 これ以上ない程の恐怖に、体はすくむにも関らず。

 未だ鼻をくすぐる、濃厚な香りが。

 近くで嗅ぎたいと、煽られる本能が。

 狐に最後の一歩を踏み出させてしまった。




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