渇望の鬼、欺く狐
 そして。

 狐が覚悟したにも関らず、目の前に立つ存在はしゃがみ込み、狐へと視線を合わせたのだ。



『随分とみすぼらしいね』



 無気力な声色に言葉を乗せて。

 狐には、その言葉の意味など理解出来なかった。

 だけど何となく、殺されるわけではないのだと感じてしまった。

 殺意を向けられない事。

 そこに驚きを感じながらも、殺されるわけではないのなら、もっとこの匂いを嗅いでいたいと思ってしまって。

 やがて、自分の頭に手が伸ばされた時。

 頭を撫でられた時。

 狐は込み上げる感情を、どう処理すれば良いのかが、わからなくなってしまった。

 嬉しかった。

 胸の奥が詰まり、少し苦しさを覚える程に。

 もう誰も、撫でてなどくれないと思っていた。

 これからは、他の動物の気配を感じれば逃げ続けて。

 仮に何者かと対峙しようとも、その際には殺意だけを向けられるのだろうと、理解を得ていたつもりだった。

 なのに。

 自分に向けられる殺意など、目の前に居る存在からは微塵も感じられない。

 無気力故に、他の感情を感じ取る事も出来なくとも。

 彼女について知りたい、と。

 そんな事を、狐は考えてしまったのだ。 



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