渇望の鬼、欺く狐
 その日から、狐はその存在――鬼に纏わり付くようになる。

 不思議な事に、鬼の傍に居れば腹は満たされた。

 体力が戻る事も実感出来る。

 それが鬼から放たれる、あの甘く深く、濃厚な香りの所為だと、狐は本能的に理解していて。

 依存性すら感じさせる鬼の香りに、狐は余計に鬼から離れられなくなってしまっていた。

 狐にとって幸いだった事。

 それは、狐が社の前で漂ってくる香りを吸う事を、鬼は追い払ってまで咎めようとはしなかった事だろう。
 
 鬼の香りを吸い続けたお陰か、いつしか狐は尻尾の数を増やして。

 使い勝手の悪かった足も、他の足と何ら変わりなく動かす事が可能となった。

 最初に感じた空気や景色の異変が、結界による物だという事も、この頃には理解していたように思う。

 いつの間にか、狐は鬼の言葉を理解出来るようにもなっていて。

 同様に。

 鬼から放たれる香りの正体も、本能的に理解を得るようになる。


 何だかんだと甘やかしてくれる鬼。

 無気力そうにしながらも、言葉をかけてくれる鬼。

 その鬼に、何か言葉を返したい。

 一度吸ってしまえば、堕ちてしまえば。

 きっと二度と這い上がれない程、抜け出せなくなる程、病み付きになる匂いを嗅がせてくれる鬼と。

 殺意を向ける事なく、諦めたように水を飲ませてくれる鬼と。

 大好きな鬼と。

 狐は、言葉のやりとりを交わしてみたくなってしまった。
 
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