渇望の鬼、欺く狐
 強い思いには、知識など不要だった。

 狐には、生まれつき持った本能が備わっていたのだから。

 強い感情を覚え、覚醒を果たした本能。

 鬼の傍に居続ける事で、力を増した本能。

 妖力という名の本能は、強い思いに従い、狐に人化の術を会得させた。

 
 そこから。

 鬼に人化の術を披露して、願ってやまなかった会話を繰り返して。

 狐は嬉しいや楽しいと言った、明るい感情に満たされたにも関らず。

 狐の意に反して、鬼は狐を突き放そうとしたのだ。


 家族に対して、憎しみを抱いた狐。

 その憎しみは、思い出せば今も尚、簡単に狐の心に湧き起こる程に強い。

 だけど鬼と過ごすうち、心の中は家族への憎しみよりも、鬼に対しての温かな感情で埋め尽くされるようになっていた。

 その感情を持続させていたかった。

 
 そして鬼が結界を施しているのであろう、この空間。

 ここには自分を脅かす他の動物が、一匹たりとも見当たらない。

 狐にとって、これ程までに安泰に満ちた場所など、他にはないだろう。


 何よりも。

 すでに鬼の匂いに堕ち切ってしまっている今。

 もう匂いを手放す事など、狐に出来るわけもなくて。

 脚色を交えたこれまでの経緯と押し問答の末、鬼が諦めと共に許容を示してくれた時。

 狐は心に誓う事となる。


 嫌われないように、拒絶されないように。

 自分は、彼女の言葉に従い生きていこう、と。
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