渇望の鬼、欺く狐
 狐が、ずっとずっと知りたくて堪らなかった名前。

 訊ねれば、鬼は藍と名乗った。

 美しい藍色の髪に良く似合う名前は、鬼そのものを表しているようで。

 その名前も、藍の色すらも。

 好きだと思い、慕う事に、疑問など必要なかった。

 きっと鬼を表す物、鬼が口にする事全てに自分は惹かれ、慕うのだろうと狐は思う。

 だってほら。



『……だったら雪』


『雪……』


『そう。今、丁度、雪が降ってるから。お前は雪みたいに肌も白いし、似合うだろうと思って』



 今、狐の目には、興味の欠片も持たなかった空から舞い落ちる白が、こんなにも美しく見える。

 たった一匹で熱を保ち続けるには邪魔だった白い塊を、こんなにも愛おしく感じる事が出来る。

 与えられた名前を大切にして。

 お互いだけが存在する、この空間で。

 長い時間を過ごしていきたい、と。

 自分の全ては、鬼の為に、と。

 狐は、そんな事を考えていた。




 
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