渇望の鬼、欺く狐
『そりゃあ、もう。女性は、男性に贈られるかんざしを喜ぶ物ですよ』



 男にとっては、単なる商売文句。

 だけど狐にとっては、それで十分だった。



『……これ貰う』


『中にもっと種類がありますが、これで構いませんか?』


『あぁ。見てもいまいち、わからないから』



 狐にとって、かんざしを目に映した事も、触れた事も初めてだった。

 正直な事を言うと、これが何に使う物かすらも理解していなかったのだ。

 故に、手にしていたかんざしをと、男に伝えたのに。



『じっくり選ばれた方が、きっと喜ばれますよ。旦那も自分が一生懸命選んだ物で、女性が髪を纏めているのを見たら、嬉しくなりませんか?』



 もしかしたら、男は更に値段の張る物を、狐に勧めようとしていたのかもしれない。

 だけどお陰で、かんざしが髪を纏める際に使用する道具だという事が、狐へと伝わった。



 ……俺の選んだ物で髪を纏める?



 少し考えてみた狐。

 惹かれて焦がれてやまない藍色に浮かぶ、自分からの贈り物。
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