渇望の鬼、欺く狐
 邪魔だった。

 邪魔で邪魔で仕方無かった。

 いっそ消えてくれたらいいと、どれだけ願っただろう。

 なのにあの日。

 鬼に、赤子の面倒を見る事を、頼まれてしまった日。

 赤子は、狐へと放ったのだ。

『ゆーゆ』と、狐を指す言葉を。

 邪気を感じさせない笑顔を向けながらに。


 いつだって態度で拒絶していた。

 狐は赤子に触れる事が癪なら、見る事すら癪だった。

 散々泣いた後、けろっと泣き止んで尻尾や耳に触れられた瞬間には、呆れすら抱いて。

 なのに赤子に向けられる笑顔が、狐の中から、動揺を呼び起こしてしまったのだろう。

 鬼にどれだけ甘えようとも、鬼はこれ程までに笑顔を向けてくれる事はない。

 無条件すら感じさせる赤子の笑顔に、眩む思いがして。


 狐にとって、その眩しさは初めて体験する物だった。

 狩りが下手だからと言って、獲物を分けられる優しさ。

 その優しさから伝わる、引け目を感じる事はない。

 嫌われないように、拒絶されないように。

 言う事に従い、機嫌を伺いながら甘えて媚びる行為も。

 目の前の笑顔からは、そういった裏の感情が感じ取れなかった。

 ただただ真っ直ぐでいて、濁りがない。

 自分からではなく。

 相手から向けられた、そんな真っ直ぐな笑顔に狐の心は揺らいで。

 その揺らぎは、そこから暫くの間、狐の心に残る事となる。
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