渇望の鬼、欺く狐
 そしてふいに、赤子が狐に抱き着いてきた瞬間。

 その感触に触れ、体温に触れて。

 離したい衝動と、離せない躊躇いを再び感じた時。

 狐は、ようやく気付いたのだ。

 否、正しくは向き合う事が出来たのだろう。

 心の根底に仕舞い込んで、覗く事をしなかった事実と。


 家族に捨てられた自分。

 恐らく、家族の誰かに捨てられたのであろう赤子。

 鬼に絶大な信頼を抱き、鬼の存在を己の唯一と認めている部分も。

 きっと鬼が居なければ、生きる術を見失うのであろう部分も。

 全部一緒だった。

 赤子は狐であり、狐は赤子だったのだ。

 同じ立場に居ながら、鬼は赤子を甘やかしたから。

 何度も狐の前で、赤子を優先してみせたから。

 それ故に、赤子に対しての敵対心や競争心が、狐の中で強くなってしまった事も事実だろう。

 ただそれは、狐の無意識による感情だったけれど。

 自分と似すぎているが故に、唯一の存在である鬼から愛情を注がれる赤子が疎ましかった。

 憎らしかった。

 きっと赤子も自分に対して、同じ感情を抱いているとすら思っていた。

 だからこそ赤子の行動は、狐を驚かせる要因ともなったのだけれど。

< 161 / 246 >

この作品をシェア

pagetop