渇望の鬼、欺く狐
 とにかく、狐は認めてしまったのだ。

 自分と赤子の存在が似ている事を。

 そして受け入れてしまった。

 自分から歩み寄ってきた、体温や感触を。

 そうして気付き、認めてしまえば。



『……っ、さひ』



 狐はどうしても、その名を呼びたくなってしまった。

 自分と似た、あまりにも儚い存在を。

 手をかければ、きっと簡単に命を落としてしまう存在を。

 孤独を痛感したのであろう、弱くて儚い、自分と重なる存在を。

 

『……旭』



 その名を呼ぶ事で、存在の全てを受け入れたくなってしまった。

 仲間意識。

 共存意識。

 働く感情に名を付けるとすれば、きっとそんな物で。

 それはきっと、口に出してみれば、あまりにも薄っぺらい物なのだろうけれど。

 その瞬間の狐の胸を埋めて満たすには、十分過ぎる程の物でもあった。
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