渇望の鬼、欺く狐
「何だよ、お前も父ちゃんが欲しいのか?」



 狐が訊ねれば、幼児は一瞬目を見開いて。

 だけど次の瞬間には、狐から目を逸らしてしまう。

 少し口を尖らせている様子から見ても、どうやら図星らしい。

 幼児の態度に、狐の口元が綻びそうになった瞬間だった。



「俺……雪なら父ちゃんになって欲しいなぁ……」



 小さく、早口に零された言葉は、幼児の照れ隠しでもあったのだろう。

 そしてその小さく早口な言葉は、狐の思考を一瞬停止させてしまう。



「え……? あ、え……お、れ……?」



 少しずつ回復していく、狐の思考回路。

 その反応よりも、幼児が焦って口を開く事の方が早かった。



「あ、だってね? ほら、俺、あの……」



 顔を赤くさせて、挙動不審で。

 甘える時や、無意識に頻出する間延びした口調は、そこには見受けられずに。



「俺、母ちゃんと同じぐらい、雪の事好きだもん!」



 勢い任せにも感じられる幼児の言葉を、反応を遅らせていた狐の思考は、ようやく理解を得る事が出来た。


 
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