渇望の鬼、欺く狐
 誰が狐の胸中を、推し量る事など出来ただろう。

 嬉しい、だけには留まらない。

 強く強く込み上げる感情を。

 心を締め付ける激情を。

 一体誰が。

 咎める事など出来ただろうか。


 狐が引き寄せれば、幼児は簡単に狐の腕の中へと収まりを見せた。

 幼児の骨が折れてしまわないように気を付けながら、それでも強く幼児を抱きしめた狐。

 その目から流れ落ちる涙を気にも留めず、狐は声を震わせて紡ぐ。



「俺が……、俺が、お前の父ちゃんになってやる……」



 父ちゃんになるよ。



「……本当に? 雪、俺の父ちゃんになってくれるの?!」



 もう何も迷わない。

 迷う必要なんてない。



「あぁ……。この先、一生。俺がお前の父ちゃんだ」



 本当の家族になるんだ。

 

 狐の決意に、幼児は気付かない。

 ただひたすらに、嬉しそうに顔を綻ばせて。

 歯を覗かせて笑う幼児に、狐は口を開いた。
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