渇望の鬼、欺く狐
「いいか、旭。今から俺がお前の父ちゃんだから。父ちゃんとの約束守れるか?」



 狐が訊ねれば、幼児は大きく頷いて見せる。

 狐にしても幼児にしても、「父ちゃん」と、その単語を口にして耳にする事が嬉しくて堪らないのだろう。



「まず一つ。俺の事は、これから父ちゃんて呼べよ」


「うん! 父ちゃん!」



 互いに見せ合った笑顔。

 視線で会話でもしているかのように、二人の気持ちは通じていたのかもしれなかった。



「よし、じゃあ二つ目。いいか? お前は男だから。肝心な時以外は泣いちゃ駄目だ」


「……雪、今泣いてるよー?」



 首を傾げた幼児に、狐は咄嗟に目元を着物で拭う事となった。



「あー、えぇと……。俺は今、肝心な時だったの。で、お前、父ちゃんて呼べてねぇよ」



 誤魔化す事を目的とした言葉だったけれど、どうやら幼児には効果的だったらしい。

 慌てたように「ごめん……」と何度も口にする幼児に、狐は「構わない」と意味を込めて、幼児の頭を撫でた。
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