渇望の鬼、欺く狐
「まぁ、徐々に慣れていけばいいよ。じゃあ、次最後な」


「……まだあるのー?」


「次が最後だよ。いいか、旭」



 狐が置いた一瞬の間。

 一度目を瞑った狐は、その瞬間に何を思ったのだろう。

 目を開き、幼児を見据えた狐。

 その視線には、迷いも躊躇いも存在しない。



「……何があっても。藍を守れ」


「母ちゃんを?」


「そう。俺もお前も男だから。男はな、大事な人を守んなきゃいけないんだ」



 きっと狐の言葉を、幼児は深く理解はしていなかったに違いない。

 だけど幼児は、しっかりと頷いてみせた。

 狐にとっても、それで十分だった。



 ……俺は、来たるべき時を待つよ。



 その思いは。

 誰に向けられた物だったのだろう。



「さ、そろそろ帰ろう。いい加減、藍が待ちくたびれてる」



 今度こそ歩き出した狐と幼児。

 肝心な時以外には泣かないと約束した幼児が、鬼に謝る際に感極まって泣いてしまう瞬間は、ここから一時間程後の事。
< 167 / 246 >

この作品をシェア

pagetop