渇望の鬼、欺く狐
***



「母ちゃん、行ってくるねー!」


「藍、行ってきまーす!」


「あまり遅くならないようにね」



 社を出た狐と少年は、鬼に手を振りながら駆け出した。

 先日、十歳を迎えた少年は、真冬だというにも関らず、それを辛そうにする事はない。

 鼻先を赤く染めながらも、走る事に必死な様子だった。



「父ちゃん、待ってよー!」


「ほら、置いてくぞ!」



 年齢を重ねるにつれて、少年の遊びの幅は大きく広がっていった。

 いつしか、朝から晩まで狐と追いかけ合いっこをしたり、二人で森の中でかくれんぼをしたり。

 この数年の間に、何度か二人で狐の寝床へと、足を運ばせた事もあった。

 初めて目に映したあの時以来、少年が野うさぎに会う事は、未だ叶ってはいない。

 最初は慣れなかった狐への名称も、いつの間にか自然と口にする事が出来るようになっていて。

 そんな少年を、鬼は驚きと不思議の入り混じる表情で、見つめる事となったのだ。

 もっとも、鬼のその表情を見た狐と少年は、二人で視線を合わせて。

 まるで、秘密を共有する仲間のように、クスクスと笑い合ったのだけれど。
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