渇望の鬼、欺く狐
 どうして瘴気と口にしないのか。

 その疑問は、狐の中に仮説を生み出す事となる。

 鬼は瘴気という存在について、知らないのではないか、と。

 妖力を知り、瘴気を知らない。

 何故。

 自分は生まれ持った本能で、全てを悟っていた。

 妖力が自己の体力となる事も。

 吸い取った瘴気が、体内で変化して妖力となる事も。

 甘く深い芳香は鼻腔を満たし、脳を酔わして。

 そして体内を麻痺させては、体に変化すら来たさせる物。

 狐の足が治ったように。

 赤子が他よりも成長が早く、体調を崩す事がなかったように。


 そして狐は、瘴気には依存性がある事にも気付いていた。

 自分が鬼へと抱く依存の中には、もしかしたら瘴気による物も含まれているのかもしれない。

 それだけではないと、信じていたい気持ちもあるけれど。

 とにかく、瘴気の依存性については、野うさぎに試した事で狐は確証を得ていたのだ。

 体を震わせながらも、逃げなかった野うさぎ。

 瘴気を手に込めて差し出せば、途端に甘えだした野うさぎの事を思い出す。

 脳裏を掠めた野うさぎなど、すぐに頭から追いやって。



「……ねぇ、藍」



 狐は一層楽しさを噛み締めた声で、囁くように鬼へと訊ねた。



「――藍は、いつから鬼になったの?」



 狐の言葉に、ドクリと跳ねた鬼の心臓。

 視線を泳がせ、呼吸を乱しながら。



「あ……、ぁ……」



 鬼の頭の中は、始まりの日へと巻き戻されていく。
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