渇望の鬼、欺く狐
 山の中、急に降ってきた雨に慌てて。

 すぐに大降りになった雨から逃れられる場所を、とにかく走る事で探した。

 いつもの行動範囲では、大降りの雨を遮る事は出来ないと判断した私は、行動範囲を超えた場所まで足を運ばせて。

 その社は、行動範囲の本当にほんの少しだけ先に存在していたのだ。

 少し古い社は、幼い私を怯えさせるよりも、好奇心を煽ってしまう物だった。

 扉を開けて、中に入り。

 そして私は出会う。



『おや、客人とは珍しいね』



 額から二本の角を生やした彼――鬼と。



『あ、あの……。ごめんなさい……、雨、降ってきて……』


『構わないよ。ここは別に、私の場所というわけでもないし』



 思い出してみても、第一印象ですら彼に恐怖を抱く事はなかった。

 その理由は多分、彼の表情が柔らかくて。

 全てを包んでさえくれそうな包容力や寛容さを、子供ながらに感じてしまったからかもしれない。

 そっと彼に近寄っても、彼は微動だにしない。

 私の動向を見守るように、静かに微笑を携えていた。



『お兄ちゃんは……、ここで何してるの?』



 私の質問に、彼は浮かべた微笑を崩す事もなく答えてくれたのだ。



『ずっと外の音を聴いてるんだ』 
< 198 / 246 >

この作品をシェア

pagetop