渇望の鬼、欺く狐
 翌日からというもの、私は足繁く彼の元へと通った。

 並んで目を閉じては、外の音を耳に届ける日々。

 会話は日に数回だけだったけれど、同じ音を耳に入れている事実だけで、自分の気持ちは満たされていたようにも思う。



『ねぇ、お兄ちゃん?』


『うん?』


『お兄ちゃんの名前、何て言うの?』



 数少ない彼とのやりとり。

 出会ってすぐの頃にかけた、彼への質問。

 彼の名前を呼んでみたくて。

 もっと仲良くなりたくて。

 だけど、私に返された言葉は、期待とは外れた物だった。



『私には、名前なんて物はないんだ』


『え?』


『これまで、誰かに呼ばれるという事をした事がないからね』



 そう口にする彼は優しくもあり、どこか淋し気でいて。



『あ……、だったら……』



 勢いもあったと思う。

 もっと仲良くなりたいと、その気持ちが強かった事もあるだろう。



『私が、お兄ちゃんに名前付けてあげる!』



 名前を呼ぶ事が出来れば、それが叶うかもしれない、なんて。

 あまりにも子供染みた発想だとは思うけれど。
< 201 / 246 >

この作品をシェア

pagetop