渇望の鬼、欺く狐
 一瞬呆気に取られたような表情を見せた彼だけれど、次の瞬間には頷いて見せてくれた。

 それが嬉しくて、子供ながらに真剣に彼に似合いそうな名前を考えて。

 ふと、彼の目が、深く紅い事を思い出したのだ。

 社に来るまでに目に映す、葉を紅く色付かせた楓の事も。

 同じ色だと思った。

 温かくて優しくて、惹き付けられる。

 そこに存在するだけで、美しいと感じてしまう。

 きっと、ずっと目に映していても飽きる事はないだろう、とさえ。



『……楓』



 小さく呟くような声は、すぐ傍に居た彼にも届いていたらしい。

 私の声に、彼は目を細めて。

 私の頭を撫でながら口を開いた。



『……とてもいい名前だね。ありがとう』



 自分の考えた名前を受け入れてくれた事が、嬉しくて堪らなかった。

 頭を撫でてくれる行為も、向けられる優しい表情も。

 彼から放たれる甘い香りは、居心地が良くて。

 仕草や行動、言葉遣いすらも。

 彼という存在を表す物全てに、自分の気持ちは満たされていた。


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