渇望の鬼、欺く狐
 雪も旭も同じ。

 向き合ってしまえば、大切だと気付いてしまえば。

 今度は失う事が怖くなる。

 だけど二人は、いつだって私の名を呼んでくれるから。

 孤独ではない事を、実感させてくれるから。

 その怖さを共有しながらも、二人と過ごす時間を保有したくて。

 二人の存在に、何度も救われていた。

 二人が居たから、思い出が遠ざかり、手に届かなくなる事に恐怖を抱かなくなった。

 楓の事も、失ってしまった旭の事も、今でも変わらず愛している。

 それは間違いのない事実だけれど。

 今、目の前に居る旭と雪を想いながら、平穏に時間を刻んでいきたい、と。


 少なくとも私は。

 そう思っていたのに。



「……っ、どうして……」



 どうして。

 雪はその時間を、潰してしまうような事をしたのだろう。

 旭を危険に曝すなんて。

 これまでの雪の態度からは、予想も出来なかったのに。

 どうして。



 楓と旭を失って以来、初めて流す涙の理由は、悲しさでもあり。

 憤りや、苦しさでもあった。
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