渇望の鬼、欺く狐
 ***



 賑やかな町中を、颯爽と歩く一人の青年。

 砂利の音を軽快に鳴らしながら歩く青年の耳に、どこかから会話が届く。



「ねぇ、お母さん」


「何?」


「向こうのお山には、何があるの?」



 青年が視線を向ければ、母親らしき女性に抱かれた少女が、遠くの山を指差していた。



「んーと……、お山には木があるでしょ? あぁ、あと動物なんかも居るんじゃない?」


「行ってみたーい!」



 楽し気な親子の会話。

 一つ笑みを浮かべた青年は、やはり砂利を軽快に鳴らして親子へと近付いた。



「お嬢ちゃん」



 少女の視線が、青年へと向けられる。

 首を傾げる少女へと、青年は笑みを携えたままに先を続けた。



「向こうのお山に、動物は居ないんだ」


「え?」


「怖い生物は、居るかもしれないけどね。危ないから、近寄っちゃいけないよ」



 不思議そうな表情を浮かべた親子を背に、青年は歩き出す。

 かんざしと鞠を、懐へと仕舞って。





―Fin.―
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