渇望の鬼、欺く狐
『お前が勝手に纏わり付く分には、何も言わないよ』



 一瞬の間の後、目の前の顔が嬉しそうに嬉しそうに崩れて。

 それと共に、体にかかる圧迫は強い物となった。

 飼わないと言えば、縋り付いて抱き着く。

 勝手にしろと言えば、嬉しさから抱き着く。

 どちらにしろ、抱き着かれる事には変わりないのかと思えば、それは溜息にしかならずに。



『ありがとう、お姉さん、ありがとう! 大好き!』


『わかったから、少し離れてもらいたんだけどね。苦しいよ』



 ようやく口にした事実に、狐は渋々と私から離れた。

 軽くなった体に一つ息を吐けば、狐からは質問がかけられる。



『ねぇ、お姉さん』


『何だい?』


『お姉さん、名前何て言うの?』



 それに答える事に、一瞬躊躇ってしまう理由は多分。



『……藍』



 自分の名を口にして耳にする事で、思い出してしまう声があったからだ。
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