渇望の鬼、欺く狐
『一つ。お前は社の前を寝床にしない事』


『え』


『この森には、お前が寝床に出来そうな洞穴はいくらでもあるよ。早速今日から移るんだよ』


『え、あ、あの……』


『二つ。人化の術を施す時は、何か服を着た方がいい。獣と違って人間の肌はすぐに傷付くから』



 戸惑う雪を無視して、矢継ぎ早に告げた言葉。

『以上』と締めくくっても、雪は不服そうにこちらへと視線を寄せている。



『……藍の近くで寝ちゃ駄目なの?』


『あれは私の住処だ。私はお前を飼うわけじゃないんだから、お前は自分の住処をちゃんと見つけなさい』



 目の前でどんどんと下がる眉尻。

 だけどこちらが甘やかさないと悟ったのか、最終的に雪は頷いたのだった。



 あれから十年は経過しただろうか。

 雪は出会った時と変わらず、私に付き纏い続けている。

 いつしか甘え方だけではなく、媚び方まで覚えてしまった。

 それと共に話し方が間延びした物に変わって。

 半人化しか施せなかった人化の術は、完全な人化を施せるようにもなった。

 幻術までもを覚えて。

 いつからか、人里へ降りて買い物を楽しんでは、私に選んでくるようになった土産。

 そんな過ごし方をしていたからだろうか。
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