渇望の鬼、欺く狐
「藍ー、何で「旭」になったのか教えてよー」


「しつこいよ。意味なんてない。適当だよ」


「ふーん。あ、俺も抱っこされたいなー」


「お前はもう大きくなっただろう?」



 きっと雪は、旭の存在を疎ましく感じているのだろうと思う。

 雪はいつだって私に甘えてきたから。

 媚びてきたから。

 依存してきたから。

 そして。

 私はそれを、拒絶しきらない事で受け入れてしまっていたのだから。

 それは言わば、雪だけの特権だった。

 だから。



「藍、お願いー。こいつは今日から藍と一緒に寝れるんでしょ? でも、俺は一人で洞穴に帰んなきゃいけないんだよ? 少しぐらい甘やかしてくれなきゃ、やっぱりそのうち、こいつの事食っちゃいそうー」



 雪のその思考を咎める権利など、私にあるわけもない。

 漏らした溜息。

 雪の表情が少し明るくなる辺り、溜息の理由は諦めによる物だと気付かれているのだろう。



「お前はもう、煩くて敵わないよ。旭と一緒に抱いてやるから、狐に戻ってごらん」



 瞬時に狐の姿に戻った雪が、私の膝に擦り寄って。

 片手で旭を抱きながら、もう片方の手で雪の頭を撫でて膝に乗せてやった。

 気持ち良さそうに目を瞑る雪に「このまま眠るつもりなのだろう」と理解して、そんな雪に呆れが募るけれど。

 もしかしたら、その呆れは。

「今日ぐらいは、ここで眠る事を許してやろう」なんて考えてしまった、自分に対しての物だったのかもしれなかった。
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